バナナ回想記と海外のバナナ文化 文化人類学者 言語学者 西江雅之氏

西江雅之 MASAYUKI NIDHIE

昭和12(1937)年、東京都生まれ。東アフリカ地方やカリブ海域、インド洋諸島を中心に言語や文化を研究。多数の言語を話し、現地の生活に容易に溶け込む研究態度で“ハダシの学者”の異名を持つ。東京外国語大学、東京大学、東京藝術大学、早稲田大学などにて文化人類学や言語学の講義で教鞭を執った。現在はアジア・アフリカ図書館館長、日本サウンドスケープ協会会長などを務める。現代芸術関係での活動も多い。昭和59(1984)年、第2回アジア・アフリカ賞受賞。専門書のほか、エッセイ集『食べる』(青土社)など著作多数。

不思議な形と初めての甘さ

私が「バナナ」という単語を初めて聞いたのは、小学校低学年のときでした。
戦争が終わり、疎開先から生まれ故郷の東京に戻ってきた頃です。でも、食べたことはありませんでした。
その頃バナナは、わざわざきちんとした服装をして行かなければならないような、
高級な果物屋さんにしか置いていなかったほど、とても高価なものだったのです。
バナナやメロンといった高級な果物は、病気にかかった時にだけ食べられるものと聞かされていました。
実際に初めてバナナを食べたのは、小学校3年生ぐらいのことでした。
一口食べたその味は、「知らない甘さ」でした。リンゴやみかんなど、
それまで目にしていた果物とはまったく違う不思議な外見と、
フワッとした柔らかい甘さに、「これがバナナか」と感激したものです。

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たたき売りの光景は、まるで演劇

バナナと聞いて私が思い出すのは、子どもの頃に行ったお祭りの風景です。
神社の境内に屋台がずらりと並び、お囃子の音や人々の話し声、客寄せの声……
さまざまな音が混ざり合ってザワザワしたその中で、
ひときわ目立っていたのが「バナナのたたき売り」でした。
威勢の良い兄さんが、バナナを山ほど積み上げた台を短い棒で叩いて声を張り上げ、
台の周りに群がった見物客からは「もっと安くしろー!」と野次が飛ぶ。
「これ以上はまけられない」と言いながらも、どんどん値下げをして売りさばいていくわけです。
その迫力は、まるで演劇を見ているようでした。
子どもだった私は、それを見ているだけで楽しかったのです。

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1日3食、バナナだらけの生活

私は20代に入った頃から、言語研究のためアフリカ、カリブ海域、東南アジアなどの
熱帯地域を頻繁に訪れるようになりました。熱帯地域では、バナナは非常にポピュラーな食べ物です。
ふかしたり蒸したりして食べる料理用バナナを「プランティーン」といいますが、
アフリカのウガンダ西部やその周辺国の多くで、プランティーンの一種「マトーケ」が主食になっています。
実際に、私がウガンダ西部に滞在したとき、食事は毎日マトーケをつぶした「きんとん」でしたね。
寝ても覚めてもマトーケばかり、しかも味つけがされないのでいつも同じ味……
食べ物の好き嫌いはない私ですが、あの時ばかりは少々まいってしまいました。
ところで日本では「食事」のことを、例えばそれがパンであったとしても、
炊いた「米」を意味する「ご飯」という言葉で表現します。
バナナを主食としている地域では、「マトーケ」がそれにあたる言葉として使われていました。
「もうマトーケ食べましたか?」とか、「そろそろマトーケにしましょうか」といった具合ですね。
日本人にとっての「食べ物の代表」が米であるのと同じように、
現地の人たちの食生活には、マトーケが欠かせないのです。

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バナナの葉っぱがお金の代わりになる

ウガンダ以外でも、さまざまな国を旅するなかで体験したり、
耳にしたりしたバナナの話はたくさんあります。
例えば、日本では「ケチャップ」といえばトマトケチャップが代表的ですが、
東南アジアではバナナを原料とした「バナナケチャップ」が料理の味つけなどに使われています。
バナナの花も食用になっています。
バナナの栽培がさかんな地域では、実を食べる以外にもさまざまな用途で利用されています。
葉っぱを食器にしたり繊維を編んで籠や民芸品を作ったりといったことは多くの地域で行われていますし、
珍しいものでは、ニューギニアのトロブリアンド諸島の村々では、バナナの葉っぱが紙幣として使われています。
幾何模様を彫った版木の上にバナナの葉っぱを乗せて上からこすり、模様を転写したもので、
儀礼の場で使う品物など、村の中だけで意味を持つ物を買うときに使用するようです。
銀行で製造されるわけではないので、板とバナナの葉っぱさえあれば
自分でお金を作ることができる。とてもユニークだと感じました。
また、アフリカや東南アジアでは、バナナの葉っぱや花、茎などに、
それぞれ違った呼び名があります。例えばスワヒリ語では、
バナナの実は「ンディズィ」、房は「チャネ」、木は「ムゴンバ」、茎は「ムクング」といいます。
青バナナのスープは「ムトリ」です。その他、乾いた葉っぱと新鮮な青い葉っぱの呼び名を区別するなど、
もっと細分化して呼び名をつけている言語もあります。
現地の人たちにとって、いかにバナナが身近な存在かがわかりますね。

  • バナナの葉でつくる紙幣の版木。
    ニューギニアのトロブリアンド諸島で使われている
  • バナナの葉っぱでつくられた民芸品。ケニアではカメレオンなどの動物の民芸品が手作業でつくられている
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「食べる」以外の魅力もさまざま

日本では、バナナは美味しい果物として世の中に普及しましたが、
別の「文化」面でも私たちの生活の中に息づいてきた例があります。
昭和32(1957)年、『バナナ・ボート』という曲が大ヒット、昭和37(1962)年には
『とんでったバナナ』など、童謡にも「バナナ」という言葉が登場するようになり、
食べるという目的以外のバナナも、メディアによってぐんと知名度が上がりました。
さらにその後、ドライバナナやバナナチップスなどの加工食品も登場し、
バナナの魅力はさまざまな分野で広まっていったのです。
かつては「高価で珍しい果物」だったバナナも、私たちの文化に深く広く浸透し、
今では最もポピュラーな果物の一つとなりました。
これからも、日常生活の一部として、老若男女に愛され続けることでしょう。

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