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サッカー元日本代表・槙野智章さんインタビュー「バナナは少し青くて固めが好みです」

バナナの魅力を深く知り、日々の活動にも活かしているアスリートたちに、バナナの活用法などを聞く「アスリートのバナナライフ」。今回登場するのは、サッカー元日本代表のディフェンダーで、引退後はサッカー指導者や解説者、テレビ番組のMCなど幅広い分野で大活躍の槙野智章さん。子供の頃から「バナナは、当たり前のように食べていました」と語る槙野さんに、エネルギッシュな活動を継続する秘訣など語っていただきました!

今、本当に楽しいから、仕事をしている感覚があまりない

―槙野さんは、社会人チーム品川CC横浜の監督をはじめ、多岐にわたるご活躍をされていますが、日々どのようなタイムスケジュールで活動しているのですか?

槙野 毎日、毎日、違う現場でいろいろな仕事があるのですが、基本的には朝早くに家を出て、夜遅くに帰って来る。そういう日ばかりですね(笑)。

―品川CC横浜の練習は、週に何回あるのですか?

槙野 火、木の夜9時から2時間練習があって、土曜日が前日練習、日曜日が試合です。

―遅い時間に練習があるのですね。TVなどメディアでのお仕事も時間は不規則だと思いますし、選手時代とは違う疲労感もあるのでは?

槙野 選手だった時は、肉体的にも精神的にも短時間でガッと大きな刺激がある感じだったんです。でも、今の(メディアでの)お仕事は、肉体的な疲労はそんなに無い分、拘束時間が長かったりすることは多いですね。ただ、毎日のように違う現場で違う人とお仕事するから、とにかく刺激的でめちゃくちゃ楽しいです。

―槙野さんの性格に合っているわけですね。

槙野 はい! 今、本当に楽しいから、仕事をしている感覚があまりないくらい(笑)。無理に気張っていたりもしないし、オンとオフでスイッチを切り替えたりもしていません。どんな現場でどんな人にも普段の自分で会っています。

槙野智章さんプロフィール

Profile
槙野 智章(まきの ともあき) 1987年5月11日生まれ。広島県出身。小学1年生でサッカーを始め、小学6年生の時にサンフレッチェ広島ジュニアユースに入団。2006年にプロデビューし、2010年1月には、日本代表デビューも果たした。12月にドイツ・ブンデスリーガの1.FCケルンに移籍して、約1年間プレー。2012年1月に浦和レッズへ移籍後、数々のタイトル獲得に貢献した。「2018 FIFAワールドカップ」の日本代表にも選ばれ、1試合に出場している。2021年12月には、ヴィッセル神戸へ移籍。2022年シーズン終了後に現役引退を発表した。2023年11月、神奈川県社会人サッカー1部リーグを戦う品川CCの監督に就任。

―では、疲れを残さないために意識していることなどは、あまり無いですか?

槙野 疲れがたまらないので(笑)。意識しているのは、しっかりご飯を食べて、よく寝ることくらいです。僕、毎晩よく眠れるし、朝はお腹が空いて目が覚めるんですよ。

―まるで元気な子供みたいですね(笑)。アスリートの中には、引退後、体型が大きく変わる方もいますが、槙野さんは、現役復帰もできそうな体型を維持しています。今でも体を動かす機会は多いのですか?

槙野 はい。トレーニングは趣味でもあるので。もちろん、現役時代のように常に筋肉が張ってバッキバキという状態ではないんですけど。人前に出る時にカッコ良い服を着られるぐらいの体型は維持したいですし。あと、監督の仕事をする中で、口だけではなく、選手と一緒にやって、デモンストレーションも見せたいので。自分が選手だった時、口だけで教えてくれる監督より、プレーでも見せてくれる監督の方が分かりやすかったんです。自分は指導者としては若いし、選手たちと一緒に体を動かしながら教えられるのは一つの良さだと思っています。

バナナは、サッカー選手には欠かせないもの

バナナについて語る槙野智章さん

―槙野さんは、中学生の時からJ1リーグのサンフレッチェ広島の下部組織に所属して、高校を卒業後、プロになるまでは寮で生活していたそうですね。当時、バナナを食べる機会はどのくらいありましたか?

槙野 元々バナナは好きなので、もっと幼い頃から普通に食べていました。寮に入ってからの食事は、栄養士さんが管理してくれていたので、出してもらった物を食べる感じでしたが、基本的にいつもバナナはあって。プロになってからも試合前の軽食にバナナがあったし、ロッカールームにもあったので、ずっと当たり前のように食べていましたね。

―サッカー選手にとって、バナナはどのような印象の食べ物ですか?

槙野 バナナを食べると吸収の早い糖分が摂れるし、足が攣らなくなるとも言われていました。だから、試合前、ロッカーに入ったら食べますし、前半45分をプレーした後、ハーフタイムの15分でも食べます。バナナを食べると、頭も身体もエネルギーが回復するので、サッカー選手には欠かせないもの。他の競技の選手も試合前などに食べているので、サッカー選手というか、スポーツ選手にとってなくてはならないものだと思います。

体を使う仕事やスポーツだけでなく、頭を使う上でも糖分は必要ですよね。すぐ体に吸収されるところもすごく良いと思いますし、小さい頃からどんどん食べた方が良い。僕もここまで成長できたのは、間違いなくバナナのおかげだと思います。

―選手を引退された今もバナナを食べる機会はありますか?

槙野 食べます、食べます。僕、家の冷蔵庫に常備する物を買って帰る係でもあるんですけど(笑)。バナナは、ヨーグルトや納豆と一緒にいつも買っています。

―どのようなバナナをどのように食べるのが好きですか?

槙野 僕は普通に皮を剥いて、そのまま食べるのが一番好きです。熟れてジュクジュクに柔らかくなっているよりは、少し青くて固めな方が良いですね。バナナは、どのくらいで食べるのが良いとかあるんですか?

Dole社員 青くて固いバナナの方が「レジスタントスターチ」という腸内環境を整える成分は多いので、アスリートの方には少し青いバナナは合っていると思います。

槙野 そうなんですね! 全然知らなかった。知らずに良い食べ方してたんだ(笑)。

―本日は、Doleの「極撰バナナ」を食べていただき、感想を伺えればと思います。

バナナを食べる槙野智章さん

槙野 (極撰バナナを食べた後)固さもちょうど好みで美味しいです。これは、どんなバナナなんですか?

―高地で栽培された「ちょっと高いが、かなり美味しい」というキャッチコピーのバナナです。普段、食べているバナナとの違いを感じますか?

槙野 この「極撰バナナ」はコンビニに置いていますか?

Dole社員 置いている店舗もあります。

槙野 だったら、いつもよく食べているバナナは、「極撰バナナ」かも! 名前まで見ていなかったですけど、同じ味な気がします。僕、いつもコンビニでバナナを買っていますが、ちょっと高いんですよ(笑)

―意識せず「極撰バナナ」を食べていたかもしれないのですね。

槙野 利きバナナをしたのは初めてだけど、たぶん、この味だと思います(笑)。甘くてすごく美味しいです。

一皮剥けた瞬間は、ドイツから日本に帰ってきた後

―少しバナナにかけた質問なのですが、現役時代、槙野さんが一皮剥けた瞬間を教えてください。

槙野 ドイツに1年行って、日本に帰ってきた後だと思っています。

―2010年12月にサンフレッチェ広島からドイツ・ブンデスリーガのケルンに移籍して、1年間プレーした後ということですね。

槙野 ドイツでの1年間では、失敗、成功、挫折とか本当にいろいろなことを経験して。いろいろな角度でサッカーのことや、自分のことを考える時間にもなったので、その後はだいぶ変わったし、一皮剥けた瞬間だと思います。

―バナナが熟すと甘くなるように、槙野さんも経験を重ねることで成長されたのですね。ドイツで経験できて良かったと思うことを教えてください。

槙野 まずは、サッカー観がまったく変わって、幅が広がったことが良かったと思います。それまでは、日本のサッカーのことしか分からなかったのですが、ヨーロッパの本場のサッカーのトレンドや、サッカーへの向き合い方、トレーニング方法、戦術とかいろいろなことを知ることができて、すごく刺激になりました。それに、日本のJリーグなども盛り上がっていますが、やっぱりヨーロッパのサッカー文化の盛り上がりはすごいものがあって。あれを日本にも持ってきたいというのが、今の自分の目標でもあります。

―逆に辛かったり、失敗したなと思ったことは?

槙野 失敗とは思わなかったんですけれど…。それまでの僕のサッカー人生では、試合に出られないことはなかったんです。でも、ドイツでは1年間で8試合しか出られなかった。当時、僕の周りには11人ほどドイツでプレーしている日本の選手がいて、内田(篤人)や香川(真司)は当たり前のように試合に出ていました。「周りは周り、自分は自分」と思って、どうやったら自分がチームにフィットできるかを一番に考えてはいましたが、「なんで出れないんだ」と焦る気持ちはもちろんありましたね。

サッカー人生におけるひと皮むけた瞬間について語る槙野智章さん

―2012年1月に、Jリーグの浦和レッズに移籍して日本に帰国されましたが、ドイツでの経験は、どのような形で活きたのでしょうか?

槙野 サッカーを楽しむという原点に戻らなければということは、日本に帰って思っていました。それに、ヨーロッパで試合に出られず結果は残せなかったけれど、この経験は無駄じゃない。周りからは失敗と思われても、あの1年があるから今の自分があるんだ、ということを見せなきゃいけなかったので、そのためには何倍も努力をしたというか、いろいろなことをやりました。

―例えば、どのようなことを?

槙野 ドイツでの完全にサッカー中心のストイックな生活と、日本での友達にも会えて好きなことできるし言葉も通じるみたいな生活は、まったく違っていて。このままだと、ヨーロッパで活躍している選手や、常に日本代表に選ばれて試合に出ていたりする選手とは差が広がる一方だと思ったので、どうやって日本でも厳しい環境を作れるのかということをいつも意識しながら1日を過ごしていました。

自分が指揮するクラブのホームタウンをサッカーで明るくしたい

―過去のインタビューなどで、サンフレッチェ広島ユース時代の恩師である森山佳郎監督から教わった「気持ちには引力がある」という言葉が好きだと仰っていますが、今、槙野さんにとって、最も強い引力があるのは、どのような気持ちですか?

槙野 現役を引退した一つの理由は、指導者、監督になることですけど、僕はただ監督になりたいだけじゃなくて。チームを強くすることはもちろん、そのクラブがある地域や街の人たちにも元気を与えられるような監督になることが、僕の目指しているものです。

さっき、ヨーロッパのサッカー文化を日本に持ってきたいと言いましたが、自分が指揮するクラブのホームタウンや地域をサッカーで明るくしたい。そのためには、サッカーの試合だけじゃなく、いろいろなエンタメ要素なども取り入れながら盛り上げていきたいんです。「この人が監督だったら観に行きたい」と思ってもらえるようなチーム作り、街作りをやっていくのが今の野望です。

―35歳で現役引退を発表された時は、驚いたファンも多かったと思うのですが、その野望を実現するため、新たなスタートを早めに切ったということだったのですか?

槙野 そうですね、30代で監督として現場に戻りたいという目標もあったので。Jリーグの長い歴史の中でも30代の監督は、本当にごくわずかしかいないんですよ。それに、日本サッカーのことや自分のことを考えた時、今までの自分の経験を、選手と一緒になって動けるうちに次の世代に伝えていきたいとも思ったんです。あとは、自分のブランド価値みたいなものがサビ付く前にということも考えて、あのタイミングになりました(笑)。

―サッカーの指導力だけではなく、いろいろなアイデアや人脈も必要な野望ですし、今の多岐にわたるお仕事の経験も活かせそうですね。

槙野 はい。そういう意味では、いろいろな方向にアンテナを張りながら、どうやったらお客さんが喜んでもらえるかとか、どうやったらサッカーを観に来た人たちに「また来たい」と思ってもらえるスタジアム作りができるのかとか。そのための仕掛けを含めて、今は、自分の中にいろいろな引き出しを作っていければと思っています。

笑顔でインタビューに応じてくださった槙野智章さん

※記事の情報は2025年4月14日時点のものです。