朝食やおやつに重宝するだけではなく、スポーツやトレーニングといった運動時の貴重なエネルギー源となってくれるのがバナナ。調理不要で皮をむくだけでさっと食べられる手軽さも魅力です。運動するなら、バナナを「いつ」「どのように」食べるのが効果的なのでしょうか。「体内時計」の働きを踏まえて、時間栄養学、時間運動学の視点から古谷彰子さんに教えてもらいました。
教えていただいたのはこの方
古谷 彰子(ふるたに あきこ)さん
博士(理学)、管理栄養士、アスリートフードマイスター。
愛国学園短期大学家政科准教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構・招聘研究員、アスリートフードマイスター専任講師、発酵料理士協会特別講師、ChronoManage代表。「体内時計」と「時間」という観点から、医学、栄養学、運動といった領域にアプローチしている。著書に『食べる時間を変えれば健康になる 時間栄養学入門』など多数。
目次
体内時計とは? 体のどこにある?
私たちは本来、朝になると目覚め、お腹が空き、日中は活動的になり、暗くなると眠たくなるという自然なリズムを持っています。そうしたリズムを司っているのが「体内時計」です。
体内時計には、メイン時計とサブ時計の2種類があります。基本的にはメイン時計がリーダー役であり、サブ時計はその指示に従う仕組みになっています。
メイン時計は、両耳をつないだ中間あたり、脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)にあります。サブ時計は、視交叉上核以外の脳の部位や、胃腸、肝臓、腎臓、血管、皮膚といった末梢に存在しています。いずれも時計となる細胞では、数多くの「時計遺伝子」が休みなく働いています。
体内時計が刻んでいるリズムは、体温、代謝、ホルモン分泌などに影響を与えています。そのリズムが乱れてしまうと、肥満や生活習慣病のリスクが上がったり、せっかく始めたダイエットも失敗に終わるリスクが高まったりします。また、スポーツやトレーニングなどの運動に関しても、体内時計のリズムに従った方が、パフォーマンスは高くなることがわかっています。
体内時計は24時間より少し長め。だからリセットが必要
体内時計のメイン時計は、1日24時間よりも少し長い周期を持っています。最新の研究では、朝型の人では24時間15分前後、夜型の人では24時間40分前後とわかってきました。朝型でも夜型でも24時間周期に正しく「リセット」する必要があります。
このうちメイン時計をリセットするのは、「朝の光」。目の奥にある網膜から入った光の刺激をキャッチすると、1日24時間周期へとリセットされるのです。
光以外にもリセットする刺激があと2つあります。「食事」と「運動」です。食事と運動でリセットされるのは、光が届かない末梢にあるサブ時計。ですから、朝起きて朝日を浴びてメイン時計をリセットしてから、朝食をとって、通勤や通学や家事のために体を動かしてサブ時計をリセットすれば、2種類の時計がシンクロして1日を通して調子良く過ごせます。
反対に、寝坊して朝日を浴びる時間が遅れて、朝食も抜き、何もせずに室内でダラダラ過ごしていたら、体内時計がきちんとリセットされないため、1日を通して不調が続くかもしれません。
体内時計と食事の関係〜「時間栄養学」が教えてくれること
従来の栄養学では、栄養素のバランスや量が重視されていましたが、体内時計の働きが明らかになると、栄養学に「いつ食べるか」という視点が加わりました。それが「時間栄養学」という考え方です。
時間栄養学には、大きく2つの側面があります。1つ目は、体内時計をリセットするために、何をいつ食べるかというもの。具体的には、朝食では体内時計(サブ時計)を効率的にリセットするものを摂り、夕方以降は体内時計をリセットしにくいものを摂ることが大切です。朝以外のタイミングで体内時計がリセットされたら、自然なリズムが乱れてしまうからです。
2つ目は、体内時計が刻む栄養素の代謝のリズムを踏まえて、いつどのような栄養を摂るのが効率的なのかを考えるという側面。例えば、ダイエットのために脂質代謝が悪い時間帯に脂質が多いものを控えたり、筋肉をつけるためにタンパク質合成(筋肉はタンパク質から作られています)が盛んな時間帯にタンパク質を多く摂ったりするのです。
朝食、昼食、夕食で何を食べるのがおすすめ?
時間栄養学の視点から、1日3食で何を優先して食べるべきかがわかってきました。
例えば、朝食では糖質とタンパク質の組み合わせが理想的。体内時計をリセットする効果がもっとも高いからです。糖質はご飯やパン、麺、タンパク質は肉類、魚類、卵、乳製品、大豆食品などに含まれています。
昼食では、日中活動している時間帯なので、筋肉に関わるタンパク質を朝食よりも少し多めに摂るのがいいでしょう。脂質代謝が上がる時間帯ですから、揚げ物など脂質が多いものを食べるなら昼食に。また、昼食は必須ミネラルのカリウムの摂取量が1日のうちで一番少なくなることも大規模データから明らかなので、野菜サラダなどからカリウムをしっかり摂るように意識してください。サラダが少ない場合は野菜ジュースやスムージーなども考えてみましょう。
夕食では、血糖値を上げにくい糖質を選んで摂るようにしましょう。糖質を摂ると血糖値が上がり、上がった血糖値を下げるためにインスリンというホルモンが分泌されます。このインスリンに、体内時計をリセットする作用があります。これが朝食で糖質を摂取したい理由ですが、夕飯で血糖値を上げやすい糖質を摂ると、体内時計が不用意にリセットされる恐れがあります。ご飯やパンは血糖値を上げやすいので、炭水化物を摂るなら食物繊維が多くて血糖値を上げにくい玄米や雑穀米、全粒粉パンなどを選びましょう。
バナナを食べるのに適したタイミングは?
では、バナナはいつ食べると良いでしょうか? 時間栄養学的には、バナナはいつ食べてもそれぞれに恩恵がある理想的な果物と言えます。
朝食でバナナを食べると、糖質で体内時計がきちんとリセットされます。昼食でバナナを食べると、不足しやすいカリウムの摂取につながります。夕飯では、食事を2回に分ける「分食」に活用してはいかがでしょうか。17時前後にバナナを食べておくと、夕飯で血糖値が上がりにくくなるうえに、ドカ食いを防ぐ効果があります。私たちの行った実験では分食した方が夕飯前の満腹感が増し、トータルでの夕食摂取量が減ったというデータも。とはいえ、いつもと同じ量は食べずに主食を減らすなどすることも良いでしょう。
夕飯前の分食で食べるなら、「レジスタントスターチ」を通常よりも多く含んでいるグリーンチップバナナがおすすめ。レジスタントスターチとは食物繊維と同じような働きをする消化されにくいデンプンで、血糖値がより上がりにくくなるからです。
バナナのカロリーは1本90kcalほどですから、分食してもトータルの摂取エネルギーが大きく増える心配はありません。
体内時計と運動の関係〜「時間運動学」が教えてくれること
体内時計は食事だけではなく、運動にも大きく影響しています。体内時計が刻むリズムにより、運動にどのような影響が及ぶかを明らかにするのが「時間運動学」です。
時間運動学により、運動には最適な時間帯があることがわかってきました。運動が三日坊主で続かない人は、時間栄養学を踏まえると、継続できるきっかけが得られるかもしれません。
運動するのに最適なのは夕方。朝運動するなら緑茶やコーヒーを飲んでから
時間運動学によると、運動に最適な時間帯は夕方。運動の主役となる筋肉の基本的なエネルギー源は、糖質。この糖質の筋肉への取り込みとその利用効率は、朝よりも夕方の方が高いことがわかっています。ウォーキング程度の軽い有酸素運動では、糖質の取り込みと利用効率をさほど気にする必要はないでしょうが、より運動量が多く息が軽く弾むようなジョギングを行うなら、朝よりも夕方のほうがやりやすいでしょう。
運動のパフォーマンスに関しても、朝よりも夕方が良さそうです。筋肉は体温が高いほうが動きやすいのですが、夕方は体内時計の働きにより、1日のうちでも体温がいちばん高くなっているからです。
朝運動したい人は、朝食後に緑茶やコーヒーなどのカフェイン飲料を飲むと良いでしょう。カフェインの覚醒作用で体が目覚め、体温も上がり、運動に適した体内環境に近づけます。加えてウォーミングアップの時間を長めにすれば、朝でも快適に運動できるはずです。
筋肉へのタンパク質合成が高まるのは、夕方ではなく午前中。筋トレで筋肉を大きくしたいと望んでいるなら、朝食後にお茶やコーヒーなどのカフェイン飲料を飲んでからタンパク質が不足しないようにしっかり摂取し、夕方筋トレに励むのが良いでしょう。
スポーツをするなら、バナナはいつ食べる?
時間栄養学の観点からも、時間運動学の観点からも、バナナは、運動する人にぜひ食べてもらいたい食べ物だと私は考えています。
運動前に食べるバナナは、運動エネルギーの優れた供給源となってくれます。運動の基本的なエネルギー源は糖質ですが、バナナには、ブドウ糖(グルコース)、しょ糖(スクロース)、ソルビトール、フラクトオリゴ糖といった種類の異なる糖質がバランス良く含まれています。血糖値を一気に上げることなく、ゆっくりとエネルギーを供給し続けてくれますから、ジョギングなどの有酸素運動の1〜2時間ほど前に摂るといいでしょう。
運動では筋肉内のグリコーゲンという糖質が使われて消耗しますが、運動後にバナナを摂るとグリコーゲンの素早い補給にもつながります。また、運動後のバナナは筋トレを行なった後にも有効。筋トレ後は、筋肉の材料となるタンパク質をプロテインなどで補うのが定番ですが、そこへバナナを加えると筋合成は一層高まります。バナナの糖質によりインスリンが分泌されると(このインスリンは出ても適量なので、体内時計を誤ってリセットする心配はありません)、そのインスリンがタンパク質による筋合成をサポートしてくれるからです。筋トレ後1時間以内に、タンパク質とともにバナナを摂るといいでしょう。
スポーツをする人におすすめしたいバナナの摂り方
バナナの栄養素は吸収されやすいという特長があります。さらに、その吸収率を高める工夫があります。野菜、好みの他の果物、牛乳や豆乳などとスムージーにするのです。スムージーを作るプロセスで、野菜や果物の細胞壁や食物繊維が壊れるため、含まれている栄養素の吸収率は上がる傾向があります。
時間栄養学的には朝食は必ず食べてほしいのですが、多忙で時間がない人にはフルーツグラノーラなどのシリアルとヨーグルトに、バナナをトッピングするのがおすすめ。糖質、タンパク質、ビタミン、ミネラル、食物繊維が満遍なく摂れますから、体内時計を正しくリセットするだけではなく、スポーツに必要な栄養素も偏りなく補えます。
近年、腸内環境とスポーツパフォーマンスの関わりに注目が集まっています。こうした食べ方で朝の食物繊維の摂取が増えてくると、腸内環境が良くなり、便秘の解消が促されるだけではなく、スポーツパフォーマンスが高まる可能性もあります。
スポーツをする人すべてに、バナナを推したい理由がある!
スポーツやトレーニングなどの運動は、いずれも継続してこそ成果が得られます。継続する秘訣は、栄養バランスの整った食生活を意識すること。栄養バランスが整うと、パフォーマンスアップ、減量、筋肥大といった運動の成果が効率的に得られるようになり、運動を続けるモチベーションを高めてくれるのです。
そのために役立つのが、果物のなかでも、とくに優れた栄養バランスを誇るバナナです。ハードな運動が長続きしないように、食事も簡便でないと継続できないもの。その点、バナナは皮をむくだけで食べられますから、誰でも手軽に食生活に取り入れることができます。
シリアルやヨーグルトなどと組み合わせたりすれば、バナナ生活は飽きずに続けられます。焼いたり、蒸したりしても、バナナは美味しく食べられます。特に焼きバナナにすると、腸内環境を整える働きがあるフラクトオリゴ糖が増えることがわかっています。
「食事もトレーニングの一つ」と考える「食トレ」の第一歩を、バナナから始めてみてください。
※記事の情報は2024年7月23日時点のものです。